2007年07月10日

シンガポールのライブ・アース

先週末7月7日と8日は世界各地でライブ・アースのイベントが開かれ、人類はまた一つの節目を向かえたのだと感じた。これは冗談では無く、アル・ゴアが大統領選挙に落選してから静かに、緻密に準備してきた一つの結果だと思う。

政治家はともすれば喧伝することで民衆から人気と票を獲得しようとする。副大統領にまで上り詰めた政治家なら自らを喧伝することが目的の為の手段として取るのが当たり前の手段と考えるのは当然のことじゃないだろうか。
だけど彼は違った。少なくとも一旦はアル・ゴアの存在は過去のものとなった。

しかし映画「不都合な真実」を緻密に作り上げ、世界上に衝撃を与えた、そして次のステップとして人々を見る側から行動する側へ移すために世界中でライブが行われた。

私はシンガポールのチャンネル5でアル・ゴアが幕張メッセのホログラムで映し出されるのをみていた。アル・ゴアの周りを地球が大きさを変えながら動き回る。「地球はなんて小さいのか」と感じさせるのに十分な演出。「大気はこんなに薄いのだ」とわからせる映像。私はこの瞬間、「地球温暖化」という言葉がこれからの世界の重要なキーワードで、政治も経済も日常生活も全て関わってくるようになると感じた。

確かにライブに出かけた人や、テレビを見ていた人は世界総人口から比べればわずかだ。更に、本当に熱心に地球温暖化に対して行動を起こす人はその中でもまたわずかだ。私だって、熱心に地球温暖化対策を取るとは約束できない。

だが、民主主義国家では政治家は人気取りの為に社会のムーブメントを利用する。独裁国家だって長期的には民衆の意見に左右される。だから政治家の使うキーワードが変わり、法律が変わる。そして法律は知らず知らずの間に私たちの行動の枠組みを作り出す。

私が言っているのは、決してライブ・アースによって「人類が進化した」とか、「世の中が良くなるのは約束された」ということではない。あくまでも「地球温暖化」がキーワードとして大きな力を持ってくるため、公共心が高い人も、利潤追求に熱心な人も無視できない、積極的に対応すべきキーワードになってくる、ということを言いたいのだ。

さて、話変わって、実はシンガポールでもライブ・アース絡みのイベントが土日の2日に渡って行われていた。イベント名は「アース・フェスト」。先日シンガポール経済新聞でも記事にした、Paddle for Earthの赤道クルー、ポールのスピーチもあった。シンガポールでも地球温暖化に意識の高い人々がいることが他の都市と同様なのでほっとする。

ただ、気がかりなのはテレビ放送局。メディアコープは今回ライブ・アース放映の独占権を持っていた様で、ケーブルテレビでの放送は皆無だったが、この地元でやっていたイベントについては全く無視をしていた様だ。確かに商業主義的効率性を短絡に考えれば世界のメジャーなイベント会場からの中継を放送すれば、視聴率が取れ、スタッフを休ませて人件費を削り、こんな美味しいことはないだろう。しかし、真に地元のことを考え、また地元を発揚することによって後から得られる莫大な利益を考えれば、全く放送しないという策は愚ではないだろうか。もし放送していれば、対岸のムーブメントと感じる人を動かすことが出来たかもしれない。また地元アーティストを育てることにつながったかもしれない。なんだか残念な気がする。  
Posted by 岩田 弘志 Hiroshi Iwata at 02:13Comments(0)その他