2006年04月09日

Never Mind ?Sorry と言えない社会性

今日は生活をしてみてわかる 当地の人の特性、日本人の特性について 感じるところを並べてみました。

★“Never Mind”、有名な話だがこちらでは特異な使われ方をする。

 電車で脚を踏まれたとき、踏んだ方が”Never Mind”。
 レストランで水を掛けられたとき、かけた方が “Never Mind”
 
 “ご免”と言う変わりに”Never Mind”。
 当然西洋人や日本人は”どっちのセリフやねん!”と切れてしまいかねない。
 だけど言った本人は悪びれる様子もない。

 一説によるとイスラムの教えで”全ては神の思し召しのままに”と
 「なるようになるんだから」的発想とのことだが、結構中華系の人でもこれを使う。
 彼らとビジネスをするにおいては彼らのスムーズな感情の交換を理解しなければならない。キレていてはだめだろう。

 オーストラリアでは”No worries”となるらしいですね。

★ 絶対に謝罪しない。

 中には絶対に”Sorry”の言葉をいわない人がいる。
 言ってしまえば責任を取らなければならないことになり、累が及ぶと思っているのだろう。
 日本ではまず”Sorry”を言うところから相互理解と検証が始まるが、当地ではそう感じない人も多い。

★ インドネシア語”ビサ”=”出来ます”?

 ちょっとエリアは違いますが、インドネシアについてこう効いたことがあります。
 日本語で「出来ます」と言ってしまえばその言葉に責任を持たなければなりません。出来ない状況になればそれは特別のことであり、事前に何らかの手を打たなければ無責任ということになります。
 インドネシア語の「ビサ」を「出来る」と対応して考えると大きく落胆しますし、相互不理解となります。「ビサ」は「まあ条件さえ整っていれば出来ないことはないだろう」程度の成功確率の低い「出来る」で、それ以上の「出来る」という言葉は見あたらない。

 ここで学べるのは全ての言語は意味が100%合致しているとは言えないということです。
 物質的に明確で同じものと思えるものでも違っているなと時々思うことがあります。
 「ぶどう」を日本人が思い浮かべたときは「巨峰」がスタンダードで他はバリエーションとなることが多いかもしれませんが、欧米人が「グレープ」を想像するときはワインの「シャルドネ」が基準で「巨峰」はバリエーションかもしれません。

★ マレーシア、知らないと言えない?

 道を尋ねたときに 聞く人ごとに方向が異なっていて 当てにならなかった経験があります。
 道を聞いてみてちゃんと分からないことが恥なのか 知らないと言ってはいけないことなのかは分かりませんが、そんなときは質問の後に一瞬のためらいがあって、「こっち」といずれかの方向を指ししめしてくれます。
 こんなときは要注意です。

★ 時間にルーズ?

 シンガポールでは年々約束の時間に対する遅れなどが減ってきましたが、私が当地の性格に慣れてきたせいか、日本の時間厳守の精神は行き過ぎではないかと思うことがあります。
 特にJR伊丹線での事故の後はその思いが確信に近くなりました。

以上、本日は当地で気がつく 当地の人の特性、日本人の特性でした。
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Posted by 岩田 弘志 Hiroshi Iwata at 23:59│Comments(0)General
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