2007年01月01日

シンガポールで起業 ―さとうひろとさんの場合 その1

シンガポールで起業 ―さとうひろとさんの場合 その1
(SalesBridge /人材提案業/2004年起業/http://blog.goo.ne.jp/salesbridge)

いつもご購読頂いております皆様、明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

さて新年最初の記事では シンガポールで人材提案業を始められた佐藤裕人さんの起業までの道のりを追ってみたいと思います。

非常に面白いお話しを沢山お聞きしましたので数回に分けてお送り致します。
人材提案業を営む佐藤さんのこれの起業までの人生は 現在彼が営む事業内容とそのスタイルに多大な影響を与えています。


今から約20年前の89年、当時昼間はサラリーマン、夜は大学生というダブル生活を送っていた佐藤さん、本人曰く「スリランカ・カレーが縁」でスリランカという国そのものに深く心を動かされ、大学が休みとなる8月に剥けてスリランカ旅行を計画。昼間勤めている会社が休むことを許さないなら
「辞めてでも行ってやる!」
と強い意志というか傾倒ぶりだったとのことです。
 寛大にも会社側はその1月半に及ぶスリランカ旅行による休暇を承諾。帰国後の収入の心配をする必要がなく安心して渡航することが出来ました。

 そのときのスリランカ生活での体験から益々スリランカへの思いを募らせた佐藤さんは91年、大学卒業も間もない5月には荷物をまとめて再びスリランカへと旅立ちました。学生時代に勤めていた会社からも同時に退職です。

 2回目のスリランカでの滞在では現地語であるシンハラ語を学びながら写真の撮り歩きをして過ごしていたそうです。
 そのころの滞在費用の全ては日本円で1万円までかからなかったとのこと。
 ビザの延長についてはそのころシンハラ語に加えて仏教も学び初めていた佐藤さん、大統領に手紙を書いたり大臣を訪ねたりといった活動の功を奏したのか なんと学生ビザを取得することが出来、晴れて滞在延長となりました。

 佐藤さんの父親は実業家。山形県酒田市で31歳の時に起業。
 佐藤さんはそんなお父さんの背中を見ながら育ってきました。
 そして佐藤さんはお父さんが起業する歳までには起業し、より大きく成長したいと考えるようになっていたそうです。

 そんな佐藤さんの起業物語はこの大学を卒業してから数年間のスリランカベースの生活の時に萌芽したようです。

 そのころの佐藤さんの個性は スリランカの国と文化をこよなく愛し、シンハラ語を自由に使える、ということです。
 また日本とスリランカ人のためになることを何かしたい、橋渡しをしたいという気持ちも大きな個性だと思われます。

 当時のスリランカ生活を通して佐藤さんの心の中で高まってきた起業への情熱は 紅茶の貿易でした。
 スリランカでとれる良質のセイロンティーの茶葉を日本へ輸出し、日本のユーザに美味しさを楽しんでもらう、これが最初のアイデアでした。

その2へ続く
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Posted by 岩田 弘志 Hiroshi Iwata at 23:55│Comments(1)Machikado Business
この記事へのコメント

スリランカでシンガポールで起業してって話とても参考になりました
中古車の輸出で地元の東北で起業したのですが
いずれは海外に行きたいと思って中古車の輸出を起業したので
しかもスリランカ、シンガポールは主に輸出しているので
そのときの参考になりました
Posted by 中古車輸出業の無料資料集 at 2007年01月05日 14:19
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