2007年01月09日

シンガポールで起業 ―さとうひろとさんの場合 その2

シンガポールで起業 ―さとうひろとさんの場合 その2
(SalesBridge /人材提案業/2004年起業)

今回は佐藤さんのシンガポールでの起業までの物語、第2回です。

 良質のセイロンティーを日本へ提供しようと意欲を燃やしていた佐藤さんは93年年末に友人に誘われて 大阪で開かれた あるスリランカにまつわる人たちの集いに参加しました。

 この集いが佐藤さんの人生の新たな1ページを開くことになりました。

 その集いには京都のある出版者の社長さんが参加されていました。
 その社長さんは郵政省関係のお願いでボランティア団体を設立し、その一貫として集いに参加されていました。
 
 そのボランティア団体では当時「シンハラ語が話せていつでも自由にスリランカに飛んでいける人」を募集していたそうで、集いに参加していた適役の佐藤さんに白羽の矢が当たったそうです。

 起業への思いから思い悩んだか、願ったり叶ったりと思ったか、佐藤さんの当時の思いは分かりませんが、佐藤さんはそのボランティア団体のオファーを聞き入れ、スリランカへ再び、今度はボランティア団体の職員として飛ぶことになりました。

 ボランティア職員としての佐藤さんの役割は現地コーディネーター兼通訳。貧しい地区に図書館を作り子供達に本を読む機会を与えたり、首都コロンボまで出かけて医療を受ける余裕の無い人たちのために診療所を作るお手伝いをしたりしていたそうです。

 突然ですが、このボランティア団体の実際の運営を行っていたのは上に述べた京都の出版者の社長秘書をされていた方で、ボランティア団体では事務局次長として活動していらっしゃいました。
 佐藤さんはこのボランティア団体の活動を通じて このボランティア団体の事務局次長であり、出版者秘書の女性と次第に親しくなられ、後にご結婚に至ることになりました。

その3へ続く
この記事へのコメント

私も少しですがシンハラ語を話せるんです
昔はシンハラ語なんて誰も話せなかったけど
最近では日本人でも話せる人だいぶ増えてきましたね
Posted by 中古車輸出業の無料資料集 at 2007年01月09日 12:54
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