2008年10月21日

民主主義のモデル・独裁国家「シンガポール」

民主政治はコストと時間がかかり。
また衆愚であればコストと時間がかかっても良い政治が行われない。

志のある場合の独裁国家は決断と行動が早い。
一人一人違う嗜好と利害を細かくみる必要はあまりない。
ユニークさを後回しにして「一般化」「数値化」して
全体の向上とその効果における最大多数の幸福の増加を目指す。
性悪説を取り、その予防をする。
「人々は必ずよこしまな事を考え、間違った判断をする」
だから
「よこしまな考えを起こさない様あらかじめ納得できる幸せを与え」
「間違えを起こしにくいエリートを選民する」
「基本的に誤りから学んできた人間の価値は拾わない」

一方民主主義は実は支配者からみれば効率の良い統治方法という考え方がある。
この一文は矛盾をはらんだ言葉だが、民主主義を一種の「ごまかし」という視点でみれば
理解できないでも無いと思う。

専制国家では統治者と非統治者が分断され、非統治者は常に「やらされる」「命令される」。
民主国家では人民が「能動的に行動し」「自分の意思で自らをかりたてる」
例えば軍隊においてどちらの方が戦力が高いだろうか。

だが多くの民主国家と言われる国では「経済的に豊かな一部の層」や
「世襲に基づく一部の貴族的階級」が常に人々の代表として立ち、
また政局ではどちらともつかない選択を国民に求める。

民主主義における理想は政治的には階層がなく、
人々の集合知において正しい判断が下されることだと思われるし、
それを人々が納得することだと思われる。

ただ実際は階層は存在し、維持される。

ただし独裁ほど分断されてはおらず、相互の入れ替わりがゆるく存在する。
(独裁体制のシンガポールでもそれは存在する)

おもしろいことに
日本は民主体制にもかかわらず「最も成功した社会主義国家」といわれることがあり、
またおもしろいことに
シンガポールは独裁体制であるにも関わらず「民主主義のモデル」だと主張する。
(下記リンク先の「北海道新聞」や「ヒューマンライツウォッチ」から言葉を借りており、
元々の出典が不明だが、言葉の端を取ったものとも考えられる。もしかすると「ASEAN周辺
各国の政治体制と人々の物質的豊かさを比較した場合にシンガポールが最も成功している」
ということかもしれない、と思う)

ただ私の様なものに取ってシンガポールの言論統制は少々やっかいで不都合である。
政府批判ではないし社会的影響力も限定的、
民主と独裁を比較したコラムなので問題はないと思うが、
やはり心のどこかにひっかかる。

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Posted by 岩田 弘志 Hiroshi Iwata at 14:14│Comments(0)その他
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